東京高等裁判所 昭和56年(ネ)615号 判決 1981年9月21日
控訴人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 伊藤銀蔵
同 田代和則
被控訴人 乙山太郎
被控訴人 丙川春夫
主文
一 原判決中被控訴人丙川春夫に対する請求を棄却した部分を取り消す。
二 被控訴人乙山太郎と被控訴人丙川春夫間において別紙物件目録記載の不動産につき昭和五三年八月二四日付でなされた代物弁済契約はこれを取消す。
三 被控訴人丙川春夫は右不動産につき千葉地方法務局柏出張所昭和五三年八月二四日受付第二五〇三九号の同日付代物弁済契約を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
四 控訴人の被控訴人乙山太郎に対する控訴を棄却する。
五 訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人と被控訴人乙山の間においては控訴人に生じた費用の三分の一を被控訴人乙山の負担とし、その余は各自の負担とし、控訴人と被控訴人丙川との間においては全部同被控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は、「1原判決中控訴人敗訴部分を取消す。2被控訴人乙山太郎は控訴人に対し金一〇〇万円とこれに対する昭和五四年八月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。3主文第三項と同旨。4主文第四項と同旨。5主文第六項と同旨。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1 控訴人の補足的主張
原判決は本件詐害行為の成立を否定したが、これは失当というべきである。詐害行為が成立するには、債権者の債権が右法律行為の当時既に成立しているものであることを要することはそのとおりである。しかしながら、本件の場合慰謝料請求権についても、本訴の確定をまって始めて右債権となしうるとの論には、到底納得しがたい。控訴人は既に離婚成立前における被控訴人乙山の暴行等の継続的かつ集積された不法行為に基づき損害賠償請求権を有しており、その具体的な金額は、離婚後の諸事情も斟酌されて、事後的に認定されるにすぎないものというべきである。更に本件の場合、被控訴人らにおける詐害行為の時期は、既に離婚が成立し慰謝料も含めた財産関係についてのみ調停申立がなされた後である。控訴人は慰謝料請求権を行使していた段階にあったのであり、少くとも右請求権については、時期はともかくいずれ具体的な金額も決まる蓋然性は高い状況にあったというべきである。従って、詐害行為取消に必要な債権として成立しているものと解すべきである。
2 控訴人の予備的主張
被控訴人乙山の同丙川に対する代物弁済及びこれに基づく所有権移転登記手続は被控訴人らが通謀してなした虚偽表示の法律行為であるから無効である。即ち、被控訴人丙川は被控訴人乙山の姉春子の夫であり、同乙山の実家附近に居住しており、両者通謀して控訴人の財産的給付請求を免れる目的で架空の貸金債権の代物弁済を仮装したものである。前記の点は、借用書が原審終結前の第七回口頭弁論期日において突如提出されたこと、右記載の消費貸借の内容が被控訴人らの原審供述では全く明確を欠いていること、控訴人が全然関与していないこと、被控訴人乙山が依然として本件建物に居住していること等からして、明白というべきである。よって右代物弁済は無効であり、被控訴人丙川所有の登記はその実体を具備していない架空のものであって、被控訴人乙山は同丙川に対し抹消登記手続請求権を有している。ところで、控訴人は被控訴人乙山に対し既に審判において確定した養育料支払請求権及び前述の如き慰謝料請求権をそれぞれ有していることが明らかである。しかるに、被控訴人乙山は同丙川に対し抹消登記請求権を行使しないので、控訴人は本訴において被控訴人丙川に対し債権者代位権に基づき、請求の趣旨記載の如き抹消登記手続を求める。
理由
一 まず慰謝料請求の当否について判断する。
当裁判所も控訴人の被控訴人乙山に対する金一〇〇万円の慰謝料請求を認容すべきものと判断するものであるが、その理由は原判決理由説示中原判決八枚目裏四行目から一三枚目表四行目までと同一であるから、これを引用する。されば、控訴人主張の二〇〇万円の請求のうち、金一〇〇万円とこれに対する昭和五四年八月二二日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で慰謝料請求を認容すべきである。
二 次に詐害行為取消請求の当否について判断する。
控訴人は被控訴人乙山と同丙川間の本件建物に対する代物弁済契約を詐害行為であると主張するところ、《証拠省略》によれば、被控訴人乙山から同丙川への本件建物所有権の移転登記は、昭和五三年八月二四日代物弁済を原因とし、同日付でその登記のなされていることが認められる。
そこでまず、右代物弁済契約当時控訴人が詐害行為取消権行使の資格要件たる債権を有していたか否かにつき検討する。前記認定事実によれば、離婚成立(当事者間において離婚の合意が成立したのは昭和五三年六月一〇日である)前における被控訴人乙山の控訴人に対する継続的暴行等による不法行為により、既に控訴人の被控訴人乙山に対する慰謝料請求権が発生したものというべきであり控訴人は被控訴人乙山に対し、昭和五三年七月二〇日付で離婚に伴う慰謝料等の調停を申立て、これにより右慰謝料請求権を行使していた段階にあったものであるから、その履行期もすでに到来していたものといわなければならない。そうだとすれば、その具体的な金額(それは原審において金一〇〇万円と認定された)が当時未確定であったとしても、控訴人は被控訴人乙山に対する右慰謝料請求権にもとづいて、同被控訴人のなした前記代物弁済契約につき詐害行為取消権を行使する資格を有するものというべきである。
進んで本件代物弁済契約が詐害行為に該当するか否かについて検討する。
債務者が、一般債権者に対してなした代物弁済は、弁済に供された目的物の価格如何に拘らず、債務者が他の債権者を害することを知ってなしたものである限り、詐害行為として取消の対象となるものと解すべきである(最高裁判所昭和四八年一一月三〇日判決民集二七巻一〇号一四九一頁参照)。これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、被控訴人乙山は同丙川から昭和五〇年六月一日一五〇万円を返済期同五三年五月三一日と定めて借用していたこと、被控訴人乙山は右債務の代物弁済として昭和五三年八月二四日本件建物の所有権を被控訴人丙川に移転し前記のとおりその登記を経由したことが認められ、《証拠省略》によれば、控訴人と被控訴人乙山との婚姻生活は、同乙山の酒乱ともいうべき継続的暴力行為により控訴人は常に忍従の生活をさせられ、昭和五二年に至り右両者間の夫婦仲はますます悪化し昭和五三年四月二九日より別居生活をすることになり、遂に、同年六月一〇日双方の親族が集り結局離婚の合意が成立し同年七月一四日右協議離婚の届出がなされたこと、同月二〇日付で控訴人は被控訴人乙山に対し千葉家裁松戸支部に離婚に伴う慰謝料等の調停の申立をしたが、右調停は被控訴人乙山の非協力的態応により結局不調となり、控訴人は被控訴人両名を相手として慰謝料等請求の本訴を提起したこと、被控訴人丙川は同乙山の姉春子の夫であるが常々は控訴人夫婦と交際がなく特に控訴人は右丙川と一回も会ったことがないこと、昭和五三年八月二四日に被控訴人乙山が同丙川に本件建物を代物弁済として譲渡しなければならぬ事由が判然としないこと、本件建物は昭和四二年末頃建築され以後控訴人夫婦の生活の本拠となったこと、被控訴人乙山は控訴人と離婚した後昭和五四年三月二六日に再婚し本件建物に継続して居住していること、同乙山には本件建物を除いては資産が存しないこと等の事実が認定することができる。以上の諸事実よりして、本件代物弁済についての被控訴人乙山の主観的事情と右行為の客観的態様を綜合的に検討すれば、本件代物弁済当時被控訴人乙山は他の債権者である控訴人を害することを知っていたものと認めるのが相当である。
されば、被控訴人乙山と同丙川間において本件建物につき昭和五三年八月二四日付でなされた代物弁済契約はこれを取消さるべきであり、かつ被控訴人丙川は本件建物につき右代物弁済契約を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務がある。
三 以上の次第で、第一に慰謝料請求に関しては、被控訴人乙山は控訴人に対し金一〇〇万円とこれに対する昭和五四年八月二二日(訴状送達の日の翌日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求を棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当で、この点に関する本件控訴部分は理由がない。第二に詐害行為取消権請求に関しては、本件代物弁済契約の取消と右契約を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求める請求を認容すべきところ、右請求を棄却した原判決は失当で、この点に関する本件控訴部分は理由がある。よって、控訴人の被控訴人乙山に対する控訴を棄却し、被控訴人丙川に対する請求については原判決を取消し、右請求を認容し、訴訟費用の負担について民訴法九六条八九条九二条九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 藤原康志 渡辺剛男)
<以下省略>